「ちゃんと見れているつもり」
その“つもり”が、一番危ない。
見ているのに、見えていない
演武を見る。
評価する。
一見、シンプルに見える。
だが実際は違う。
ほとんどの人は、見えていない。
- 形だけを追っている
- 表面だけを見ている
- 印象で判断している
それは“見ている”じゃない。
ただ眺めているだけだ。
評価とは「責任」だ
審査とは何か。
人の努力に対して、線を引くことだ。
- 合格か、不合格か
- 上か、下か
その一つ一つに、意味がある。
だからこそ問われる。
その判断に、責任を持てるか。
自分の基準は、本当にあるか
他人の評価に流される。
空気に合わせる。
なんとなくで決める。
それなら、審査する資格はない。
必要なのは
- 自分の基準
- 判断の軸
- なぜそう判断したかの説明
つまり “自分で決める力”だ。
見る側も、試されている
演武をする側だけじゃない。
見る側も、同じだけ試されている。
- どこまで見抜けるか
- 何を評価するのか
- 何を見落としているのか
これは、ただの審査じゃない。
“見る力”の修行だ。
🎧 続きは音声で
実際に研修会に行って感じたこと。
自分がどこまで見えていなかったのか。
👉 綺麗な話じゃない。
リアルなズレと気づきを、そのまま話している。
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